……つうたら、やっぱし市丸海軍少将の『ルーズベルトに与える書』だろ(苦笑)。
つうコトで、先日の日曜日に『硫黄島からの手紙』を見てきたアル。
作品を見ての正直な感想は、「思いっきり泣いて良いよ。ウチかて8年前は泣いたのだから」……事情をお話しますと、その昔、1998年に今は亡きホビーデータ社が運営していたPBM『クレギオン#7ヴァルハラ・ライジング』に参加していまして、初っ端から所属部隊の8割を失うコトとなった、スキーの国際選手(注:そう、マスターに紹介されてしまった(泣笑))ってのが、か~とのPCでして……。その際に、参謀総長閣下のプレイヤーさんから「クレイタウン(国名)のバロン・ニシを救え~」っと、大号令のモト、救援部隊を差し伸べていただいた経緯があるのです(苦笑)。あ、このコトは以前ココで書いたか。……まあ、劇場出たら、号泣している観客がゴロゴロ……(冷汗)。そんな衝撃的な、戦場の冷徹かつ残虐なリアリズムの描写に「ソコまでするか~!」と言わないで欲しい。実際には、アメリカ軍の海水×ガソリンのコンボにテルミット手榴弾に黄燐攻撃にトドメはブルドーザでの生き埋め作業、対する日本軍は対空火器による掃討射撃に火炎瓶攻撃に黄燐手榴弾(青酸ガス手榴弾も?)の使用の果ては負傷兵&投降兵の自爆攻撃まで実施している。おかげでアメリカ軍は「死体殺し」作業を余儀なくされたという。そんな不条理の渦巻く魔女の大鍋の中に放り込まれた日本人たちの物語である。
演技的には、「合理主義者が精神論者を演じるコト」を演じた渡辺謙も素晴らしかったが、それ以上に西中佐の伊原剛志と清水上等兵の加瀬亮が光っていた。あ、二宮クンについてだけど、背伸びした感じが気になったが、厭戦気分に浸る召集兵の悲哀は十分に出せたと思う。
個人的には、日本軍の強さと狂気の象徴である、下士官が出てこなかったのがもっとも悔やまれるかと思う。細かいトコでは、九二式重機や九九式軽機や噴進砲(!)まで出ていただけに、もっとも米軍を悩ませた擲弾筒が出てこなかったのが残念。あと、水野晴雄氏が指摘する軍装の間違いがわからなかったけど、実際に褌姿で作業したり降伏したりするコトが多かったかと思う。それから、洞窟内のセット感が気になってしまったけど……まあ、硫黄島は島全体が聖なる墓地なので、現地ロケも限定的なモノなってしまうのは、仕方の無いコトだね。
あと、映倫的には……少なくとも、R-15指定だろうなぁ~……。
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それでは、またまた例によって、以下はネタバレ発言です。ネタばれがキラいだとか、ネタばれがダメだとか、ネタばれが許せないなんて方は、ご遠慮願います。興味のある方のみ、左クリック→ドラッグ反転、あるいはシフトキーを押しながらカーソルキーでテキストを反転させて、ごらんくださいませ。
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非常に丁寧に引用された史実と、陸軍と海軍の不協和音の描写、士官の傲慢さ、食事と衛生環境の劣悪さとそこからくる赤痢との闘い。そして西郷一等兵と清水上等兵が硫黄島へと送り込まれる過程が、観客の涙を誘う。その決戦を前にした中で、栗林中将や西中佐が人間性を失わないと努力する姿がまた、その後の悲劇的な最後(つうても、実際には誰もこの2人の最後を見届けていないので、たぶんにフィクションになってしまうのもまた、仕方ないコトか)と相まって、悲しくなってしまう。
あと、飄々とし理論的に部下を諭し、また子煩悩な手紙を書く栗林中将にしては、力入りすぎと感じた予告編でのシャウトも、その前にある水際決戦→玉砕を主張する林海軍少将に対しての無理解に対する怒りからきたモノだったと言うコトがわかっただけに、できれば予告編では使うべきではなかったかと思う(苦笑)。それから、決戦を前に天皇陛下万歳三唱のトコで、栗林中将だけが戦前の正しい「バンザイ」のアクセントだったのがお見事でした(笑)。
また、擂鉢山地下壕での集団自決が、むちゃくちゃショッキングなので正視できなかった。まあ、実際には一斉に1人1発も手榴弾を渡せなかったので、おしくら饅頭状態で一斉自爆、回りにいる人間は爆風よりも破片効果で死に至ってたかと思われるのだけど……。ただ、その自爆していく兵士たちの最後の顔その後の肉塊が脳内にこびりついてしまったアル(泣)。
それから、中村師童演じる伊藤中尉に、逃亡兵として処刑されそうになる西郷一等兵と清水上等兵の恐怖感と、その後の伊藤中尉の空振りに、精神論だけで戦争した愚かな戦争指導部の育てた不幸な若手士官の実像があったかと思う。まあ、ココまでしたのだったら、是非ともあの憲兵の親玉・A級戦犯の東條批判までして欲しかったトコある(苦笑)。つうか、あんなコトした人間に、「靖国で会おう」と声掛け合って散っていった将兵と同じトコに祭られる資格が無いコトを、「こんな戦いがあったコトは、教科書に書いてなくて知らなかった」二宮クンと同じようにもっと多くの人々が知るべきだろうね。あ、ところで、伊藤中尉の最後はどうなった?(笑)。
あと、日米双方の捕虜に対する残虐行為の数々の中で、米軍捕虜に接する西中佐の優しさは、人間として模範とするべき姿だと思う。実際、火炎放射器担当は、狙撃兵と並んで残虐に殺されるのが常だっただけに、また史実では火炎放射器に顔面を焼かれたとされるがだけに、その姿と後の捕虜の遺す母親からの手紙に、またすすり泣く声が場内に響きます。
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今回はココで、もう1つネタばれ警告です。
この先には、結末について書かれています。
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最後の突撃を前に、「閣下に二度助けていただきました」と感謝する西郷一等兵に「二度あることは三度ある」と言って栗林中将は書類の処分を命じ、最後の突撃から開放するのです。そんな彼が目にする手紙の束こそ、冒頭に発見される手紙なのです。
そして最後の突撃にて、重傷を負い介錯を求める栗林中将に、参謀が刀を振り下ろそうとしたトコ、参謀は狙撃され米兵が駆けつけようとする。そんな中で西郷一等兵は栗林中将の最後を……。そして、栗林中将の銃を戦利品とした米兵に、栗林中将を葬ったスコップを片手に最後の抵抗をするのですが……「殺すな!」の声を発したのは、きっと参謀を狙撃した米兵かと思います。確認してみたいトコなのですが……そうだとするのなら、こんなろくでもない殺し合いを終わらせたい、実際に参謀を狙撃したのも、捕虜か逃亡兵かあるいは負傷兵を無残に惨殺しようとしたトコを止めたのかと思いますし、そうして救ったハズの西郷一等兵をあっけなく殺したくは無かったのも、また「最悪の戦場」における、人間としての抵抗だったと思います。
ともかく、西郷一等兵は、負傷兵のタンカの列に並べられ島を去るコトができました。太平洋を沈む夕日を目にし、助かったコトを実感した瞬間に、裕木奈江演じる妻の姿が心の中に思い浮かべるかと思います。あ、二宮クン目当てで観に来られた観客の皆さんに、その安堵感こそ、全ての戦場へと送り出された人々の不幸と、その生還を喜ぶ家族の姿が思い浮かばれるかと思えば、見事にしてやられたと思います。
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ともあれ、下手にいぢくってしまうとただの戦争賛美映画になってしまうようなトコを、不幸な兵士たちの視点を一人で引き受けた西郷一等兵という、架空の存在があったこそ、この作品を見事に纏め上げたと思う。それが、戦場には善悪もヒーローも無い、ただ不幸な現実だけがあるという、イーストウッド監督の戦争観に行き着ければ、幸いだと思う。
まあ、敵軍・賊軍・民間人追悼の施設ではない靖国神社を正当化する気は無いだけに(その点では、南北戦争以降の『アメリカの』戦死者だけを祭る、アーリントン墓地も一緒か(苦笑))、それ以上の存在として、日米同盟はこの聖なる墓地の島を忘れるべきではないだろう。
2008.04.21.評価追加
・作品性
☆☆+
・ストーリー性
☆
・メッセージ性
☆☆
・製作陣
☆☆
・俳優陣
☆☆
以上でオマケの10点満点です。
それでは~(合唱)。
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